東京高等裁判所 昭和63年(ラ)579号 決定 1989年1月20日
抗告人 日本信販株式会社
右代表者代表取締役 山田洋二
右代理人弁護士 高井正直
主文
原決定中、主文2の申立却下部分を取り消す。
右取消しに係る部分を長野地方裁判所伊那支部に差し戻す。
理由
一、本件抗告の趣旨は、主文第一項同旨のほか、「別紙請求債権目録(二)記載の債権の弁済に充てるため、同目録記載の執行力のある債務名義の正本に基づき、債務者(田中芳春)の所有する別紙物件目録記載の不動産について、強制競売の手続を開始し、債権者(抗告人)のためにこれを差し押さえる。」との裁判を求めるというのであり、その理由は別紙「抗告の理由」(写し)記載のとおりである。
二、よって判断するに、一件記録によれば、抗告人(債権者)は、別紙請求債権目録(二)記載の公正証書(以下「本件公正証書」という。)を債務名義として同目録記載の債権(以下「本件求償債権」という。)及び別紙請求債権目録(一)記載の債権につき債務者(田中芳春)に対する強制執行の申立てをしたこと、この申立てに対して原審は、本件公正証書は本件求償債権についての債務名義であると認めることができないとして、抗告人の右執行申立てのうちこれを請求債権とする部分を却下したこと、以上が認められる。そこで、本件公正証書が本件求償債権についての債務名義といえるかどうかを検討する。
抗告人提出の本件公正証書正本(執行文は付与されている。)の条項を見るに、乙(本件公正証書上の債務者野崎周)が丙(当事者外大正生命保険株式会社)から土地建物を購入又は建築する資金として金銭消費貸借証書に基づき後記「原債務借入条件の表示」記載の条件(本決定においては、この条件を全部摘示することは省略する。)により借り受け負担する一切の債務(原債務)について、甲(抗告人)に対して左記要領による保証を委託し、甲はこれを受託したこと(第一条)、乙は丙に対する割賦弁済を甲を通じてするものとし(第三条)、乙が原債務の弁済を一回でも怠った場合、甲の丙に対する代位弁済の有無にかかわらず、甲は乙に対して原債務の全部につき事前に求償権を行使することができること(第五条)、債務者(田中芳春)は以上の条項を承認の上、右保証委託契約から生ずる一切の債務につき乙と連帯して債務の履行をし(第一一条)、乙及び債務者(田中芳春)はこの債務不履行の場合は直ちに強制執行に服すること(第一二条)が約束されていることが認められる。
右第五条の「事前に求償権を行使することができる」との文言は、直接には乙が抗告人に対して金員を支払うとの表現形式になっていないので、それだけを見れば、債務名義の明確性という観点から些か疑義が残ることは否めないけれども、本件公正証書中の右に摘示したその余の条項に徴するとき、右の文言は、抗告人が行使することのできる事前求償権について乙が抗告人に対して当該金員を支払う旨を約したものと認めることができる。
そして、本件公正証書によれば、前示条項のほか「原債務借入条件の表示」として、原債務につき、借入金が六五〇万円、利息が月利〇・六二五パーセント、遅延損害金が年一四パーセントである旨記載されているのが認められるから、金額の一定性の要件を充していることも明らかである。
したがって、本件公正証書は抗告人の右事前求償債権すなわち本件求償債権につき債務名義たりうるものと認めることができる(なお、強制執行に服する旨の陳述記載のあること、執行文が付与されていることなどは、前示のとおりである。)ので、原決定中抗告人の強制執行の申立てを却下した部分(原決定主文2)は失当であり、取消しを免れない。よって、然るべき執行手続をさせるため、右部分を原審に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 安國種彦 裁判官 清水湛 伊藤剛)
<以下省略>